これはピンボールについての小説である。

ピンボール研究所「ボーナス・ライト」の序文はこのように語っている。
「あなたがピンボール・マシーンから得るものは殆ど何もない。数値に置き換えられたプライドだけだ。失うものは実にいっぱいある。歴代大統領の銅像が全部建てられるくらいの銅貨と(もっともあなたにリチャード・M・ニクソンの銅像を立てる気があればのことだが)、取り返すことのできぬ貴重な時間だ。あなたがピンボール・マシーンの前で孤独な消耗をつづけているあいだに、あるものはプルーストを読みつづけているかもしれない。またあるものはドライヴ・イン・シアターでガール・フレンドとヘビー・ペッティングに励んでいるかもしれない。そして彼らは時代を洞察する作家となり、あるいは幸せな夫婦となるかもしれない。しかしピンボール・マシーンはあなたを何処にも連れて行きはしない。リプレイ(再試合)のランプを灯すだけだ。リプレイ、リプレイ、リプレイ……、まるでピンボール・ゲームそのものがある永劫性を目指しているようにさえ思える。永劫性について我々は多くを知らぬ。しかしその影を推し測ることはできる。ピンボールの目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。もしあなたが自己表現やエゴの拡大や分析を目指せば、あなたは反則ランプによって容赦なき報復を受けるだろう。良きゲームを祈る。」

1973年のピンボール (講談社文庫)

1973年のピンボール (講談社文庫)


娯楽全般に置き換えていえそう。
まあ無益さがいいとこだと思うけど。