ノルウェイの森

魔王14歳さんの"「のび太くん植物人間オチ」を涼宮の方のハルヒさんに適応"というのを見て。
「直子」をハルヒにしてちょっと細かい部分を適当に変更。おかしな所は多分変更部分でしょう。
ノルウェイの森のワンシーン丸ごと使ってるので続きを読むかどうかは自分で決めてください。

ハルヒはその日珍しくよくしゃべった。つまらなかった中学生の頃のことや、SOS団というグループのことをハルヒは話した。
どれも長い話で、まるで細密画みたいに克明だった。たいした想像力と記憶力だなと俺はそんな話を聞きながら感心していた。
しかしそのうちに俺はハルヒのしゃべり方に含まれている何かがだんだん気になりだした。
何かがおかしいのだ。何かが不自然で歪んでいるのだ。
ひとつひとつの話はまともでちゃんと筋もとおっているのだが、そのつながり方がどうも奇妙なのだ。
Aの話がいつのまにかそれに含まれるBの話になり、やがてBに含まれるCの話になり、それがどこまでもどこまでも続いた。
終わりというものがなかった。俺はその違和感が気になりつつも、適当に相槌を打ち続けていた。
時間はゆっくりと流れ、ハルヒは一人でしゃべりつづけていた。


ハルヒの話し方の不自然さはハルヒがいくつかのポイントに触れないように気をつけながら話していることにあるようだった。


ハルヒは話したくないことをいくつも抱えてこみながら、どうでもいいような事柄の細かい部分についていつまでもいつまでもしゃべりつづけた。
だがハルヒがこんなに夢中になって話すのははじめてだったし、俺はハルヒにずっとしゃべらせておいた。
しかし時計が七時半を指すと俺はさすがに不安になった。ハルヒはもう四時間以上ノンストップでしゃべりつづけていた。
面会時間のこともある。俺は頃合を見はからって、ハルヒの話に割って入った。
「そろそろ引き上げる。面会時間も終わりだしな」と俺は時計を見ながら言った。
でも俺の言葉はハルヒの耳には届かなかったようだった。
あるいは耳には届いても、その意味が理解できないようだった。
ハルヒは一瞬口をつぐんだが、すぐにまた話のつづきを始めた。
俺はあきらめて座りなおした。こうなったら巡回に来た看護婦に注意されるか
ハルヒがしゃべりつかれるまでしゃべりたいだけしゃべらせてやろうと、心に決めた。


しかしハルヒの話は長くはつづかなかった。
ふと気がついたとき、ハルヒの話は既に終わっていた。
言葉のきれはしが、もぎとられたような格好で空中に浮かんでいた。
正確に言えばハルヒの話は終わったわけではなかった。
どこかでふっと消えてしまったのだ。
ハルヒはなんとか話しつづけようとしたが、そこにはもう何もなかった。
何かが損なわれてしまったのだ。あるいはそれを損なったのは俺かもしれなかった。
俺が言ったことがやっとハルヒの耳に届き、時間をかけて理解され、そのせいでハルヒをしゃべらせつづけていたエネルギーのようなものが
損なわれてしまったのかもしれない。ハルヒは唇をかすかに開いたまま、俺の目をぼんやりと見ていた。
ハルヒは作動している途中で電源を抜かれてしまった機械に見えた。
ハルヒの目はまるで不透明な薄膜をかぶせられているようにかすんでいた。


「邪魔をするつもりはなかった」と俺は言った。「ただ時間がもう遅いし、それに……」
ハルヒの目から涙がこぼれて頬をつたい、小さな音を立ててベッドのシーツの上に落ちた。
最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもうとめどがなかった。
ハルヒは両手でぎゅっとシーツを掴み前かがみになり、まるで吐くような格好で泣いた。
俺は誰かがそんなに激しく泣いたのを見たのははじめてだった。
俺はそっと手をのばしてハルヒの方に触れた。肩はぶるぶると小刻みに震えていた。
それから俺は殆ど無意識にハルヒの体を抱き寄せた。
ハルヒは俺の腕の中でぶるぶると震えながら声を出さずに泣いた。
涙と熱い息のせいで、俺のシャツは湿り、そしてぐっしょりと濡れた。
ハルヒの十本の指がまるで何かを――かつてそこにあった大切な何かを――探し求めるように俺の背中の上を彷徨っていた。
俺は左手でハルヒの体を支え、右手でそのまっすぐなやわらかい髪を撫でた。
俺は長いあいだそのままの姿勢でハルヒが泣き止むのを待った。
しかしハルヒは泣き止まなかった。